保育園で働き始めると、
「今の関わり方でいいのかな」
「先輩がやっているけれど、これは大丈夫なのかな」
と気になる場面に出会うことがあります。
特に、保育士試験を受けて資格を取り、初めて保育現場に入った人にとっては、これまで自分が経験してきた子育てや仕事とは違うことも多いでしょう。
その違和感に気づく感覚は、とても大切です。
一方で、自分が「おかしい」と感じたことが、そのまま不適切な保育だとは限りません。
保育には、その場面だけを見ただけでは分からない意図や、集団の中で子どもを見るからこそ必要になる対応もあります。
これから保育士として働く人には、「何が正しくて何が間違っているか」を急いで決める前に、まず保育をよく見て、考える視点を持ってほしいと思います。
ただし、虐待が疑われる場合は話が別です。
その場合の対応については、記事の後半で詳しくお伝えします。
「不適切保育」という言葉は、現在どう扱われている?
「不適切保育」という言葉は、ニュースなどでも広く使われています。
ただ、現在のこども家庭庁・文部科学省のガイドラインでは、「不適切な保育」という概念を使って線引きするのではなく、法律上の「虐待」を軸に整理されています。
虐待は、
身体的虐待
性的虐待
ネグレクト
心理的虐待
の4つに分類されています。
一方で、「虐待に該当しなければ何をしてもよい」ということではありません。
日々の保育の中にある一つひとつの関わりを振り返り、よりよい保育につなげていくことが重要だとされています。
改善されない関わりが繰り返されることで、虐待につながる可能性もあるからです。
ですから、私たち保育士が考えるべきなのは、
「これは不適切? 適切?」と一つひとつ判定することだけではなく、目の前の子どもにとって、この関わりはどうなのだろうと振り返ることなのだと思います。
「違和感」をすぐに「不適切」と決めつけない
保育園で働き始めると、先輩保育士の対応を見て、
「どうして泣いているのに、すぐ抱っこしないんだろう」
「もっと子どもの気持ちに寄り添った方がいいのでは?」
と思うことがあるかもしれません。
特に子育て経験のある人は、自分が家庭で子どもにしてきたことと比べて、違和感を覚えることもあるでしょう。
でも、家庭で自分の子どもを見ることと、集団の中で保育することは同じではありません。
たとえば、泣いている子どもにすぐ働きかけず、少し離れて見守ることがあります。
その場面だけを見れば、「泣いているのに放っている」と感じるかもしれません。
けれど、その子のことをよく知る保育士が、安全や子どもの様子を確認しながら、自分で気持ちを切り替える時間が必要だと考えて見守っていることもあります。
また、一人の子どもに長く一対一で関われば、その間、ほかの子どもへの注意が薄くなることもあります。
保育士は、目の前の一人だけではなく、集団全体の安全や状況を見ながら判断しています。
だから、現場に入ったばかりで「これはおかしい」と感じたときほど、
なぜ、この先生はこうしているのだろう。
この前後に何があったのだろう。
この子には普段どんな関わりをしているのだろう。
と、少し広く見てみてほしいと思います。
子どもに寄り添うことは、「すべてに応えること」ではない
「子どもに寄り添う」という言葉は、保育の世界でよく使われます。
もちろん、とても大切なことです。
でも、子どもが泣いたらすぐに抱っこする、嫌がったらすべてやめる、要求されたらそのとおりにすることが、必ずしも「寄り添う」ということではありません。
ときには待つこともあります。
気持ちを切り替えるのを見守ることもあります。
できないことを少しずつ自分でできるように援助することもあります。
そして集団保育では、一人の子どもへの関わりだけでなく、ほかの子どもたちの安全や生活も同時に守らなければなりません。
大切なのは、
「今、この子にとって何が必要なのか」
を考えることです。
その判断には、子どもの発達についての知識だけでなく、その子を日々見てきた経験や、集団全体を見る視点も必要になります。
初めて現場に入ったときには分からないことがあって当然です。
だからこそ、まず見て、知って、学ぶことが必要なのだと思います。
日常の何気ない言葉も、振り返ってみる
一方で、「昔からみんなが使っている方法だから」という理由だけで、何でもそのまま受け入れる必要もありません。
保育園では、
「手はおひざ」
「壁ぺったん」
「お口にチャック」
といった言葉を耳にすることがあります。
私自身も使ったことがあります。
こうした言葉も、それだけを取り出して「使ったら不適切」と決めるのではなく、なぜ、子どもにそうしてほしいのか。
を考えてみることが大切です。
安全のためなのか。
話を聞きやすくするためなのか。
それとも、大人が子どもを動かしやすくするためだけなのか。
目的を考えてみると、
「全員が同じ姿勢をする必要はあるのかな」
「もっと分かりやすく理由を伝えられないかな」
と、別の関わり方が見えてくることがあります。
経験のある保育士のやり方を何でも正しいと思う必要もなければ、自分が違和感を持ったから間違っていると決める必要もありません。
「なぜ?」と考えることをやめない。
その姿勢が大切なのだと思います。
まずは、よく見る。そして分からなければ聞いてみる
現場に入ったばかりの頃は、目の前で起きていることの背景がまだ分かりません。
だから、気になる対応を見たときには、まず少し観察してみてください。
そして、聞ける関係であれば、
「こういうときは、少し見守った方がいいんですか?」
などと尋ねてみるのも一つの方法です。
「どうしてそんなことをするんですか」と批判するのではなく、保育の意図を教えてもらうのです。
説明を聞いて、
「そういう理由だったのか」
と初めて分かることもあります。
逆に、聞いても納得できないことや、何度見ても気になることもあるでしょう。
そのときは、一人で善悪を決めるのではなく、信頼できる職員や上司などに相談しながら考えていくこともできます。
新人だから何も考えず従えばいいわけではありません。
でも、新人だからこそ、自分にはまだ見えていないものがあるかもしれない、という視点も持っておく。
私は、その両方が必要だと思っています。
ただし、「まず様子を見る」で済ませてはいけないこともある
ここは、日々の保育への違和感とは分けて考える必要があります。
暴力を振るうなど、虐待を受けたと思われる子どもを発見した場合には、「新人だから」「自分の判断に自信がないから」とそのままにしてよいわけではありません。
2025年10月から、保育所等の職員による虐待を受けたと思われる子どもを発見した人には、速やかに所管する都道府県や市区町村へ通報することが法律上義務づけられています。
ここで大切なのは、
日常の保育について「私はおかしいと思う」と感じたことと、「虐待を受けたと思われる」状況を同じものとして扱わないことです。
何でもすぐに「虐待だ」と決めつける必要はありません。
一方で、本当に虐待が疑われる状況なら、「まず職場に慣れるまで黙って見ていよう」という話でもありません。
その違いを理解するためにも、保育について学び、園で行われている保育の意図を知り、子どもの姿をよく見ることが大切です。
私自身も、何もできなかった経験がある
私自身、現場で他の保育士の関わりを見て、
「これはどうなんだろう」
と思った経験があります。
中には、野菜を嫌がって食べない子どもが強く叱られ、泣いて嗚咽し、その結果、吐いてしまった場面もありました。
見ているのがつらかった。
でも、そのときの私は、
「私の立場で言っていいのだろうか」
と迷い、何もできませんでした。
今振り返れば、先輩にその場で意見する以外にも、信頼できる職員に相談する方法はあったと思います。
一方で、長く現場にいると、最初は「どうしてそんなことをするんだろう」と思った対応について、その意味が後から分かった経験もあります。
だから私は、どちらか一方だけを伝えたいとは思いません。
違和感をなかったことにしない。
でも、自分の価値観だけで相手の保育を決めつけない。
その間で、子どもの姿を見ながら考えることが大切なのだと思います。
「正解」を覚えるより、考えられる保育士に
保育の仕事を始めると、分からないことにたくさん出会います。
「これはいいの?」
「これはダメなの?」
最初は、はっきりした答えがほしくなるかもしれません。
でも保育には、子どもの年齢や発達、その日の状態、前後の状況によって、対応が変わることがあります。
だから、「この言葉ならOK」「この対応ならNG」という正解だけを覚えるのではなく、
なぜ、この関わりをするのか。
この子にとってどうなのか。
集団全体にとってどうなのか。
安全は守られているか。
子どもの人権や尊厳は守られているか。
と考えていく。
そして、自分だけでは分からないことは、周囲から学ぶ。
経験を積んでも違和感が残ることについては、誰かに相談する。
保育士になったばかりだからこそ、すぐに答えを出そうとしなくていいこともあります。
まず、よく見る。
そして、考える。
分からなければ学ぶ。
その積み重ねが、保育を見る目を育てていくのだと思います。
参考資料:こども家庭庁「保育所等における虐待防止及び発生時の対応等について」

